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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

「そうだ、自分は……」と、貞盛は俄にその冷たい眉宇に意識的な意気を描いて、「――これから山越えして、下野の田沼へ参ろう。かねてお味方を頼み入れてある田原藤太秀郷どのに、急をお告げして、援軍を仰がねばならぬ」

半ばは、独り語のようにいい、庁の廊を急ぎ足に出て行った。

従来、どんなばあいでも、決して、戦場には立たないで来た貞盛である。この日も、その要心が働いたのであろうが、彼としては、やや姿を消すのに、時を失したきらいがないでもない。

なぜならば、時すでに、国庁の内は、すわ戦ぞ、将門が襲せて来るぞという声々に、何ともいえない恐怖の波がうねっていた。夜来、戦備は固めているはずなのに、いざとなると、やはり“将門恐怖”の心理が、騒然と、府官や兵の中に作用を起した。

貞盛は、従者の控えへ駈けて行ったが、そこには牛浜忠太も他の郎党の影も見えない。

庁の四門を見歩いても、恟々たる守りの兵が、そそけ立った顔を鉄にくるんでいるのが騒めいているのだ。それを眺めると、彼も“将門恐怖”に囚われ出した。将門の敵愾心の執拗さ、その駆使する兵馬の迅さ、それは、かつて信濃路の千曲川に追い詰められたときも、いやという程、身を以てその経験を舐めさせられている貞盛であった。