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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

基経の次男、時平は、左大臣の栄職にのぼり、菅原道真と、廟堂に権を争って、ついに道真を駆逐したほどな政治的手腕の男であった。

いまの、小一条の左相忠平は、父や兄の余光を継いだものにすぎない。無能とは、いわれながらも、氏の長者、宮廷の権与、ふたつながら、しかし、彼のものだ。

――ところが、おなじ摂関家の孫でいながら、藤原純友は、父良範の代から、地方官に追いやられていた。それでも良範はまだ、大宰少弐ぐらいまでは、勤めたが、純友にいたっては、伊予の僻地で――六位ノ掾という低い官位のまま捨て子みたいに、都から忘れられている。

純友は、不平にたえない。

「なんだ、忠平ごときが」

伊予にいても、中央の政令といえば、私情の反抗心が手つだって、素直に、服従する気になれなかった。

殊に、南海方面には、中央の威も、とどいていない。彼はつねに、

「おれの父は、左大臣忠平の従兄だ。彼の無能は、父はよく知っていた。画や管絃は、器用だが、とても政治などのできる男じゃないといっていた」

周囲の者に語っていた。そして、政令を批判し、悪政を、罵倒していた。

こういう彼に、いつか、一味の党がつくられて来たのも、自然である。