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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
白桃や八重桜などが、春ともなれば道ゆく人々の話題となるほどに、美しく咲ききそったものである。あの時代には、桜はまだ山か寺院か神社にゆかないと見られないものだったが、どうして兄が家のほとりに移して来たのか、理由はよく分らない。
この家を何とかして絵にしてでも残しておきたいという気になったのは、昭和八年私が朝日新聞社をやめた記念のため、それまでに執筆した書評や序文の類を集めた『退読書歴』を上梓した時のことであった。私の次の弟の静雄(海軍大佐・言語学者)に――これは書が上手だったので――扉と背文字を書かせ、末弟の映丘には見返しに私たちの辻川の生家を描かせた。弟は四つ、五つまでしかその家にいなかったので、大勢の人々に聞いて回ったり、いろいろなことをして確かめたのだが、出来上ってみると似ても似つかないものになってしまった。
「こうしなくては絵にならない」と映丘はいっていたが、私の知っている生家の様子とは相当に違っている。いい家で、一夫婦が住むのにはよくできていた。その家はいま、北条へゆく道のカケアガリという所に移されているが、屋根の棟が当時の面影を止めているだけで、私は帰郷しても山の上からはるかにその屋根だけを眺めて、昔をしのぶのに留めている。