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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
ほんの僅かな間ではあったが、前に記した郁文館中学に通う往復の途上で短冊を買い集めたという、あの時代がそうである。
御徒町の兄の家の門前に、鳥の羽をたくさんぶらさげた、綺麗な弓屋があった。その隣は焼芋屋で、焼芋屋といっても非常に有名な家であった。繁さんという息子があって、私らより四つか五つ年上の、年中本を読んでいる人だった。奥村繁次郎といって、後に町の学者として、すっかり世間に知られるようになった人である。自分でも書いていたが、あの時分にあのくらい江戸文学に深入りした人はそうなかったようである。秀才だったのであろう。中には悪口をいう人もあって、焼芋屋をやめてからも「芋繁」などといって、「芋繁が珍しいものを持っている」などとよくいっていた。後年私も懐しく思って、その家の前を通ってみたら、焼芋屋をやめて古本屋になっていた。
あの時分の東京には、まだ文化、文政ごろのような粋人の学者がたくさん残っていた。終いには田舎者にとって代られたが、私の若いころにはまだ残っていたのである。
築地河岸に住んでいた三村清三郎、普通竹清といっていたが、この人もこういう町の学者の一人であった。