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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

土曜会の連中はみな文学をやっていたが、その中では田山が比較的先に世に出ていたのである。

松浦先生の晩年には、淡路出身の人で、神戸に定住し、湊川新開地などを開拓した武岡豊太氏などの庇護があって、明治四十一年七月頃須磨寺に歌碑が建てられ、その翌年亡くなられたのである。その松浦先生が晩年言われたことがあった。「私はもう歌道を退く。後継者は、田山君が一番適任だと思うが、何分にも文壇に乗り出して、もう一つの職業についてしまっている。それで一つ貴方が、伝来の文台と硯函とを受継いで、後を引受けて下さらないか」と私に話されたことがあった。つまり田山はその頃すでに世間からも、文人として認められるようになっていたのである。

少し固すぎる位真面目な人間が、後生大事に小説を書いている、それが田山だった。ところが長い間には、だんだんと世の中の風潮に漂わされ、自然主義といったような言葉の意味も前とは変って来ていた。内容も議論の筋も作品の上に現われた気分にも、私どもはいつも悪口をいって、「ああ書いちゃ駄目だよ」など、批評するものだから、正宗白鳥君がいつぞや、「柳田君は田山に会うと罵倒するので困る。