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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

三、四人お供をつれている姿など、今も眼に残っている。

北京公使は林権助さんであった。他に鈴木虎雄君そのほか二、三人の友人も留学で行っていたし、早稲田で教えた向うの人で、相当な地位についていたのも少なくなかった。米国系の清華大学にも行って、いろいろの人に会った。顧維鈞(Wellington Koo)もそこの教授をしており、英語が達者なのには参ってしまった。公使館ですすめられたので議会も傍聴したが、それが偶然にも議会の最後であった。

日本からきた新聞によって、政情が大分怪しいことが判った。留守中に内閣の更迭でもあったら、さぞ悪くいわれるだろうと思って気が気でなく、あとは奉天に一泊して大連へ往復したきりで、朝鮮を通り、大急ぎで東京へ帰ってきた。

横浜まで家族が迎えに来ていたが、長男がまだ四歳位だったろう、私の頭をじっと見つめていてから、「はげあたま」といったのにはびっくりしてしまった。六月の暑いころ、大陸は空気が乾燥していたのに頭髪の手入れをせず油もつけなかった為か、すっかり禿げてしまったのである。その後スイスへ行った時、ジュネーブのホテルの床屋が、日本の方を沢山知っているが、あなたの様に禿げている人は珍しいというので、「いや今にもう一人来るよ」