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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

和辻君とは早くからつき合っていたらしく、文学ものを非常によく読んでいた。二十三、四のころだったと思う、外交官試験をうけて失敗し、少し失望しているころの達三を、東大の文学部の助手の人が連れて来た。そして「先生、一つ小言をいって下さいませんか」という。「どういう訳だ」ときくと、「じつはあまりよくないことをしているんです」といったが、詳しいことがわからない。普段はきちんとした身なりをしている黒坂が、その日は少し顔が汚れており、髪の毛も乱れていた。

わけは最近和辻君に聞いてはじめて判ったが、あの当時黒坂は自分の下宿先の娘と約束して、だましたような形になってしまったので、その娘さんが鎌倉の海に飛び込んだのだそうである。黒坂も同じ時かどうか知らないが、やはり海に飛び込んだが、この方は助かった。助かったが、しかし新聞種になって非常に騒がれた。こんなことがあった時、文学部の人といっしょに私の所に来たのである。事情をききだそうにも、黒坂はだまって俯向いているし、連れて来た人もはっきりしたことをいわないので、いいかげんにあしらって帰したが、それから一カ月足らずして黒坂が自殺したのであった。