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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

その中に紀州田辺の南方熊楠氏へも贈るようにとすすめられ、それが交際のはじめであった。そのときからおよそ一年半か二年の間、毎日のように手紙をもらった。日によっては一日に三、四回も便りが来るほどじつに筆まめな人であった。

驚くべき記憶力と総合力との持主で、決して同じことを重複させたことはない。言葉も六、七カ国語ができて、各国の本を読み、ことに珍本をよく読んで憶えていた。外国の本を一冊読むと、その夜は夢にも幻にもその国の言葉が頭に浮ぶというから大変な人であった。英語が主であって、ときどき手紙の中にイタリア語もたくさん出て来た。幅の広い学者で、外遊中は、ただみたいなわずかの俸給で大英博物館につとめていた。

私は二年近い間の手紙を半紙に写して、『南方来書』と名づけて幾冊かの本にしておいた。南方全集十二巻のうち、一冊半までは、その私あての来書ばかりである。

明治四十四年の春先、親友の松本烝治が、どこかへ旅行しようといい出したので、紀州方面へ行って南方氏を訪ねて見ようということになった。乗物がまだ不自由なころで、大阪から人力車を傭って田辺まで行った。東京からお目にかかりに来ましたといって訪ねて行ったが、会ってくれない。