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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
月に二度くらい三人で来て、大分ながい間続けた。そのうちロシア革命のために国からの送金が停止されて、どうしても生活できないので、はじめは明露壱商会などにつとめたが、運よく小樽高商の露語教師になることができた。大正八年のことである。
この小樽時代に増毛の網元の娘と正式に結婚した。小樽に二年あまり、三年近くいて、大阪の外国語学校へ行った。そしてやはり三年近くいて、大正十二年ごろは京都大学の講師も兼務したことがある。地位が不安なので、細君にも楽をさせたいと思って、何とかしてロシアに帰って正式の地位を得ようと希望した。革命も静かになったので、もう大丈夫だろうから、帰ってもよかろうといわれて帰国したが、何分にも帝政時代に日本へ来て、ロシア革命を遠くから見ているだけで、判らないのも無理はない。不安は抱きながら夫婦して帰国したが、行ってしばらくはよかったが、間もなく二人とも牢死してしまった。
最近、石田英一郎君がカリフォルニアで、ロシア人で同じ考古学とか民族学とかを学問している人間に出会った時、ネフスキーのことをきくと、非常に詳しく知っていたとか。それによると細君が大分先に死に、彼が日本へ出す手紙はみな遮断されてしまったとかいう話であった。