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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

花柳界のもので、四六判の表紙に三味線の撥を描き、中に『親釜集』と書いて、その脇に猫が聞いている画が描いてあった。書生がそれをとっていたので、そこへ行ってこういう花柳雑誌をよむ。一方では硯友社のはしりの文学や坪内逍遙の作に触れる。どうも博識ならざるを得なかったわけである。

布川の小川氏に、東京からそのころとしては珍しい新刊書を送ってくれた石合という人は、幕末の有名な学者、田口江村の息子さんということであった。名前は震といった。小川家のどの代の人か知らないけれども、大変に学者を愛する人がいた。田口江村が維新の際に行くところがなくて困り、この家に来て、邸内に三間ばかりの長屋風の細長い家を建てて住んでいた。江村が東京へ帰るときに、家をそのまま小川家に引渡していった。

その家を私の長兄が利用したのであった。幕末のころ江戸の周辺に縁故を求めて逃げていた人々が多かったが、これもその一つで、幕末の裏面史としては哀れな話であった。郷里から父がやって来たころには、まだ戸棚の中に羽倉外記の文章なども残っていた。

私は子供のことで、どうも分らないでしまったのだが、たぶんあの手頸を斬られた小川の小父さんにかなり世話になったものと見えて怪我の見舞いもよこすし、本や雑誌などもしょっちゅう送ってよこしたものらしい。