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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
何しろ船も見えず、そこに川が流れていることも知らなかったからである。水害の多い所だから出来たのだろうが、その川の屈曲しているところに、約一里ほど長い中の島が、かなり急流に洗われながら横たわっていた。布鎌といって、初めはむろん砂っ原だったのだろうが、地味が豊かなので、誰かが行って畑作開墾をやり、そして松を植えたらしい。そこへ屋敷が出来、部落ができた。茨城県側から見ると、手前にある松林と向うの中洲の松原とが一つの地続きになったように見えていた。この陸地続きに見えている間を、白帆がいくつも通って行くのを見たのだから、私が、はじめ吃驚したのも無理はない。利根の川口から十七、八里も溯った所の松原の上を、そんなふうにして白帆が三分の二ぐらい姿をあらわしながら上下している。
これほど変った景色を私は大きくなってからも知らない。郷里の辻川は海から三、四里しか離れていないが、それでも海を見、船を見ようとすれば、かなり高い山の上に登ってちらっと眺め、「ああ海が見えた」といって喜ぶくらいのものであった。今までついぞ白帆など見たことのなかった私にとって、このように毎日、門の前からほんの少し離れたところを、何百という白帆が通るというのは、本当に新しい発見であった。