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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
米のことをコメと言い出したのは南北朝の終りから足利時代にかけてであって、それまでは普通人のたべるものはすべてヨネであった。ただ神様に供えるものがコメであって、クマシネなどという言葉があるが、これは神に供える神聖なものであるということであった。米が文化の問題から離れた時代に、兵糧米などをヨネといわず、片端からコメといい、米何十石という風に、神聖な言葉を俗用してから、ごっちゃになってしまった。今も地名に神稲と書いてクマシロなどと呼んでいるのは、神に捧げる清い米の意味で、クミ、クマ、コミなど、みな同じ清い米を作ることの出来る所、他より災害の少ない豊穣な所という意味が含まれているのではないかと思う。かつてはコメとヨネとは、信仰の目標と、通常語とのはっきりした区別があったのである。『古事記』や『日本書紀』に出てくる久米の一族も、後には軍隊になっているが、その歌だけをみると食糧の係とでもいおうか、内膳の係だったのではないかと思われる。クメという地名が日本全国に割に広がっているのも、お祭のコメ、つまり神聖な稲を作る所ということではないか。つまり各地のクメという地名をたどれば、日本人の歩いた一通りの所が分るのではないかと思うのである。