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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

私の家の横手から鈴の森神社の方へ上る道の一部を上坂と呼んだ。その道を思い浮べるとき、微笑ましい弟の思い出が蘇ってくるのである。末の弟が三歳になった時、彼はお使に行くことを覚えて、しきりに母にねだっては買物に行ったものであるが、ある日すじ向いの豆腐屋に使いに行って買って来たのをみると、揚豆腐の端が少し齧られていた。不審に思った母が糺すと、「上坂の方から鼠が来て、味噌漉の端にちょこんとのって、端の方を齧って逃げた」のであると、即妙の答をしたので、さすがにしつけにやかましかった母も、三歳の子の答の可笑しさに笑い出して叱らなかった。幼な児の空想力の豊かさに感心したものであったろうか。

上坂を少し北へゆくと、札場という家号の家があった。昔高札を立てた所かと想像するが、そこに私と同年輩の和吉という子がいた。彼が里子帰りであるので、私はよく彼をいじめたものである。後日彼は北海道に赴いて産を成したが、ワキやんと呼んだ彼が、数年前ひょっこり私の家を訪ねて来た。「クニョはんはご在宅か」と、懐しい旧友の来訪には、驚きかつ古き日の思い出に耽ったことである。

その後埋め立てられ、登記所となったあたりに、自生のズズ玉の繁茂地があり、ワキやんとよくそれを採取して、首からジュズを掛けて遊んだことを思い出す。