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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
この人が伊藤一族の初代に当る福渡藤兵衛であった。私が生れたころはもう二代目の爺さんの代になっていたが、初代の藤兵衛は、一代のうちに三軒も四軒も分家を作ったえらい人で、わざとと思うほど自分の家を本家本家といわせて、伯父の松岡家を本家と呼ばせなかったのである。その後だんだん分家がふえ、各家とも金持で団結力が強かった。
時世の変り目、新しい職業がいくらでも生れるような時代には、こういう独力で御先祖になり得た人があったのである。本家を「繰屋」と呼んでいた。綿を繰る家というのであったかと思う。辻川では昔は屋号がみな二言で、何々屋というのはなく、何屋、すなわち升屋とか角屋、鶴屋などという家ばかりであった。血筋の問題、遺伝の問題から考えて、この一族は興味のある家である。神戸や西宮にまで発展をし、ただ商売だけでなく、学問をする人もあった。医学博士になった者もある。一族の中の伊藤源次郎という人はなかなかの好人物で、堰溝の傍に、私の祖母小鶴の信仰していた地蔵堂が傾いたのを再建したのも、この人が中心であった。
先日この家の系図をよく見たところ、私どもの家の初代の勘四郎が、この福渡の伊藤家から出て、松岡の姓に戻ったことがはっきりしたのは、私としても嬉しいことであった。