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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
すると次兄はその中から好きなものだけを、私の買い値の何倍かで買ってくれる。私は、その残りを下総にいた父のもとへ持参しては、親孝行の一助としたものである。
下総の松岡家には、いまなお相当な数の短冊類があり、いずれは珍重される時代も来ることであろうが、それらはみな私が当時古道具屋から収集して届けたものなのである。
こんなことを私は思い出す。
兄が当時しきりに穂井田忠友という学者の筆蹟を欲しがっておった。
この穂井田という人は『中外銭史』という著作などもあるいい学者であった。娘を奈良奉行の許に出して奉行と懇意になり、正倉院に入ったりしている人である。ともかく私は穂井田氏の筆蹟を、たまたま根津の新開地を通っていて、そこの小さな古道具屋の店先から発見したのである。郁文館中学に通う途上のことであった。
その筆蹟は、牡丹のまずい絵とともに貼られた、二枚折りの枕屏風であった。私は何くわぬ顔をしてその店に入り、「枕屏風がほしい」といって、くだんの屏風を格安に入手してもち帰ると、懐紙に認められた忠友の筆蹟だけをとり外し、得々として次兄に渡した。次兄は何でも、いまでなら一万円ぐらいの値には相当する五円ぐらいは出してもいいといっていただけに大喜びで、書生たちまでも誘ってご馳走につれ出してくれた。