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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,223 字 · 320 页
「父さん、僕一人でやってみるから、見ていてよ。」
そう言って彼は、臍ぐらいの深さのところまでゆくと、蛙のように四肢をひろげて、体を浮かす工夫をした。無論父ほどはうまくゆかなかったが、二三回でどうなり浮くだけの自信は出来たらしかった。それからあと、彼はしきりに手足を動かしたり、顔を水面にあげたりする工夫をやり出した。
俊亮は、背中が真赤にやけるのも忘れて、三四十分間ほども、それを見まもっていた。
次郎は、しかし、結局顔をあげて泳げるまでにはなれなかった。それでも、顔を浸したままだと、一息に二間近くも進めるようになった。
「次郎、もう止せ。今日はそれでいい。この次には、きっと恭一よりうまく泳げるぞ。」
俊亮は、次郎の物凄いねばりに、少なからず驚きながら、そう言って彼を制した。
次郎は止すのがいささか不平だった。しかし、父が恭一をつれてさっさと土堤の方へ歩き出したのを見ると、彼も仕方なしにそのあとに蹤いた。
*
夕方の食卓には、珍しく家じゅうの顔が揃った。いつもは離室に膳を運ばせることにしている老夫婦までが、ひさびさでこちらに出かけて来た。この二人に俊亮夫婦、子供三人、それにお糸婆さんと直吉を合わせて都合九人が、風通しのいい茶の間に集まって、賑やかに食事をはじめた。