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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《剣の四君子・日本名婦伝(けんのよんくんし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 頁

青空文庫

そして夥しい武芸者の往来もあるような心地がする。

「……いやいや世の中は変ったろう。伊勢へ行っても、今は知る辺もないし」

思い直しては、母の孝養に努めた。老いこそすれ、母はなお息災であった。けれど自分が側を去ったらいかにお淋しかろうぞ、と彼はすぐそれを思う。

「このまま為す無く、田舎武士で朽ち終ってもいい。母上の余生だにおつつがなく、朝夕のお笑顔に仕えられるものなら――」

彼はやさしい子といえよう。一面、理性に富んでもいた。といって青年の多感や志望が低いのでは絶対にない。時今、天正十二年は、本能寺の変後、山崎の合戦後、急転機を、次なる太閤時代に大らかな暁を告げていた。しかもこの房州上総の波打際は、北条氏の領治下に、眠っているような、現状だったのである。

二

一日に一度は浜辺に出るのが癖のようになっていた。そしてこんな空想にふける。せめてもの空想だった。もし典膳から空想を除いたら彼は青年ではあり得なくなる。

「……帰ろうか」

磯の岩から腰をあげたときである。舂く夕陽を浴びて波間を漕いでくる小舟があった。櫓音を聞くだけでも、いかに腕強い上手な船頭かがわかるように思われたが、やがて岸へ漕ぎ着けて降りて来た者を見ると、船頭ではない、二人とも旅固めした身拵えの、どこにも隙のないような武士だった。