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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《剣の四君子・日本名婦伝(けんのよんくんし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 頁

青空文庫

七

「於丹、母上はどちらか」

「いま、お昼寝を遊ばしていらっしゃいます」

「そうか。……小袖、割羽織、脚絆など、旅用のもの、そこへ揃えてくれい」

「お旅立ちでございますか」

「ウむむ。……急にの、お国許まで」

「幸右衛門をお連れ遊ばしますか。それとも、お供はやはり若党の佐平を」

「そうだな?」と、ふと考えこむふうであったが――「佐平にしよう。……幸右衛門をこれへ呼んでくれい」

旅仕度をすましたところへ、幸右衛門が来た。その幸右衛門へも、妻の丹女へも、

「留守をたのむぞ。――仔細は追々と、また便りするであろう」

と、云ったのみである。

着がえの帷子一枚、鎗一筋、鎧一領――それだけを、供に担わせて、十内は、もういちど老母の部屋を窺ってみた。

「よくおやすみらしい」

つぶやきながら、十内は、襖の外に坐って、両手をつかえた。そして、

「行って参りまする」

と、礼儀をして立った。高齢九十の老母は何も知らず熟睡していた。

実に、不意も不意。

鎗一筋、鎧一領を携えて、いかにも清々と立ってゆく良人の影を、門辺に佇んで見送りながら、丹女の頬には春の世間をよそに、一すじの涙がわれ知らず流れていた。