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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《剣の四君子・日本名婦伝(けんのよんくんし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 頁

青空文庫

五

東山や清水のあたりの山桜が、ここからちょうどよく眺められますから)

と、子をあやすように、老母の退屈をなだめて、茶や菓子なども、その側へおいて、時々、庭さきと縁側とで、話しながら貼物をしていたのであったが、いつか老母は、快げにそこで居眠りをしていたのだった。

眼をさますと、老母は、わけもなく笑って、

「嫁女、十内はまだ帰りませぬか」

と、訊ねた。

「まだ、お戻りになりませぬが」

と彼女が答えると、

「今朝にかぎって、朝餉もひとりで済ませ、どこへ行ったのであろ? ……あの子は」

と、つぶやいた。

九十の母から、いまもって、あの子はあの子はと呼ばれている丹女の良人は――小野寺十内といい、赤穂の臣で百五十石、現職は京都留守役、年はことし五十九であった。

二

たいがいな藩の留守役というものは、交際上、派手で門戸を張って、家族の生活までが、都風に化されていたが、小野寺家は、京の町中にありながら、殆ど、郷土の風をそのまま、一儒者の住居ぐらいな小門と籬の中に、ただ清潔と簡素を誇って暮していた。

「幸右衛門様。……幸右衛門様は……?」

と、いまそこの門を、息喘って駈けこみながら、玄関へは訪わず、家の横を、見まわしている娘があった。