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けんのよんくんし

剣の四君子・日本名婦伝

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《剣の四君子・日本名婦伝(けんのよんくんし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 150,635 字 · 306 頁

青空文庫

その中に、鎮台司令官の夫人、谷玖満子もいた。

玖満子は、自分の邸のことといっては、何も顧みている間もなく、毎日、良人の同僚の家庭を見舞っていたが、今日はなおさら、大きな責任を感じているらしく、

「おや、与倉様の奥様が、まだこの中に、お見えにならないではありませんか」

と自身で、少し先の門まで、様子を見に行った。

第十三聯隊長の与倉知実中佐の夫人は、妊娠していて、折も折、臨月に近いからだであった。

「田舎へ避難あそばして、お健やかに、お産をお果しになるのも、御主人への貞節ではございませんか」

と、玖満子をはじめ、人々はみな切にすすめたけれど、与倉夫人鶴子は、

「だいじょうぶです。武人の子ですから、胎内にいるうちに、大砲の音を聞かせておくのもよいことです。籠城中の良人もまた、いつ戦死なされるか知れませんし、誕生の時、一目でもお見せできたら、父も子どもも、どんなに満足か知れますまい」

そういって肯かなかったのである。

けれど、何といっても身重なので、支度に暇がかかったとみえる。

――玖満子が、門前から声をかけると、

「はいただ今、妹に藁沓をはかせてもらっておりますから、すぐに参ります」