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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

私も最少額を兄からもらっていた。多分最初は月八円で、その中、学内の寄宿舎費が三円三十銭、すなわち食費が一日十銭、寄宿費が月三十銭で計三円三十銭になる。そのうち少し値上げになったと思うが、とにかく入学当時は八円で余裕があった。今日たくさん手許に残っているレクラム版の本とか、カッセルのナショナル文庫とか、あのころの文学書は、新本でも一冊十銭、古本なら三銭くらいだった。シェイクスピアの『マクベス』でも、『マーチャント・オブ・ヴェニス』でも多分三銭で買った。ウィルソンの綺麗な本なども、レクラム版によったのだろうが、表紙はずっと美しかった。われわれの、名を伝え聞いていた西洋の名著は何でも簡単に見つかり、古本屋の店先で、いちばん愛嬌のある所に並んでいたので、安いから、煎餅をちょっと買うような心持で買うことができた。

そんなわけで、食費と舎費とで月三円三十銭、月謝が一円二十銭で計四円五十銭、あとの三円五十銭もの使い途がない。それは楽な暮しで、ちっとも苦労はなかった。学資のいる学校など私としては諦めていたのに、兄たちのお蔭で入れたのだから、その喜びも手伝って、私は非常に勉強した。