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たいらのまさかど

平の将門

吉川 英治

「小説公園」六興出版社、1950(昭和25)年新春号~1952(昭和27)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,193 字 · 463 页

青空文庫

馬たちよ淋しむ勿れ

これは、穢とはいえないが、王朝の華奢に彩られた当時の貴族たちが、常日頃には、物の祟りだの、生霊だの死霊だのというものの実存を信じて、ほとんどが、神経質的な性格をおび、中には、狂疾にすら見える者が生じたのは、栄華の独占が、必ずしも、幸福のみではなかった事の一証といっていい。

加うるに、この階級の驕奢淫蕩は、各人の生命を、みな短くしていた。三十歳、四十歳を多く出ぬまに、夭死する者が多かった。――これをまた、物怪の祟りとし、菅原道真の怨霊がなすところであるという説を、かれらは本気で信じたのである。

延喜の当代、その最も陰鬱な実例は、現在の宮中にあった。時の醍醐帝は、道真怨霊説を、心から信じて、ついに不予になられ、その皇太子、寛明親王なども、生れて以来、三年の間、一日も太陽の光にあわすことなく、夜も昼も、帳内に灯をとぼし、衛士を徹夜交代させて、いたいたしい白い一肉塊のあわれな生命の緒を、ひたすら怖れ守っていたという事実すらあるのだった。

馬たちよ淋しむ勿れ

峻厳な父基経に似あわず、優柔で姑息で、わがままな嬌児にすぎない忠平が、政治家としては、右大臣の顕職を獲、一門の長者としては、父以上、兄以上な生活の見栄を張っても、心のどこかには、たえず弱い迷妄と狂疾がうずいていたことは、察するにも難くない。