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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
大庄屋の家に
多分にこれなども、一種の漢文の稽古だけで、祖母はもちろん大庄屋さんの若いご夫婦とは一度も対面しなかったのであろう。
大庄屋の家に
私が自由な出入りを許された三木家の裏座敷は、上も下も八畳二室のがっしりした新築で、二階が本箱の置場となり、下がおばあ様の居室となっていて、時折は呼びとめられて珍しい菓子などが出る私たちの理想郷であったが、それ以外にもまだ一つ、生涯もちつづけた思い出がある。もう、いま話して置かないと、かつてなかったと同じに帰するのであるから、ちょっと惜しい。
男の四十二歳を厄とも初老ともいって、思い切った大きな祝宴を催すことが、あの地方では一種の流行であって、見栄とか名聞とかいう以外に、控え目にするとかえって怪しまれた。次兄井上通泰の養父の年祝いは明治十六年で、その折には私も半分父に手伝ってもらって、五言絶句の賀詩を作ってもっていった。
その祝いも三日つづきの盛宴で、目をまるくするようであったが、三木家の催しはずっと規模が雄大で、連夜の来集者の興奮は申すに及ばず、これと歓談する亭主方の態度にも、少しも努力作意の跡が見えなかった。
いちばんびっくりしたのは、日ごろは高い声でものもいわぬほどの女性が、いつ覚えて稽古したかと思うような長い歌を、みんな一個所もつかえずに唄ってのける。