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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
われわれの前途にはもっと調べるべきことが山積している。このような問題をまず調べあげて、しかるのちに外国の学問の方法や結論と一致するものがあるかどうか、考えてみる必要がある。
外国の説の直輸入流のやり方は、明治の初年も今もほぼ同じようなことであった。そのころは一口でも英語を知り、他人の使用しない言葉の一つも知っていることが、文化人としての尊敬を集めたもので、ことに辻川では、長兄が十九歳で神戸師範学校を卒えて帰郷し、田原校の校長に就任した明治の十二、三年ごろ、その悪風があったことを記憶している。
兄のところへ訪ねて来た人々が、よく酒を酌みかわしていたが、当時は酒の席で歌をうたうだけでなく、必ず都々逸を即席に作ることが流行していたようである。それが文化人であるとして、自ら誇示する手段でもあり、当時の酌婦らもそれら各種の作品を行く先々の宴席に利用したりしたものであった。
松という字は木ヘンに公(きみ)よ キミとボク(木)とのさしむかい
松という字は木ヘンに公(きみ)よ キミにわかれて気(木)が残る
そういった都々逸を、得意になって兄の友人がうたっていた。
隣室にいてその歌を聞いていた、まだ十歳そこそこの私は、その意味がわかって、思わずニヤリと笑ったりしたものであったが、中には次のようにひどいのもあった。