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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页
それがコケシの起りだというと気に入らないかも知れないが、私は両方が同じ系統のものだと思っている。
山の木地屋が木材も少なくなり、作品の販売も難しくなったので生活に困り、少しの材料で、どこへでも売りに出せるコケシのようなものを造り出すようになったのではないか。明治四十一年に福井県の山中を歩いた時、椀屋が昔通りの仕事ができなくなって、ケシ人形などを造るのに転じつつあったのを見聞きしたことを覚えている。
コケシの盛んになったのは、確かに大正年代であった。私がいちばん木地屋の問題に熱中していた明治の末から大正の初めごろは、まだそれほどでもなかった。いずれにしても、今日ほど盛んになったのは大阪の連中の力であろう。
さて、ここで考えてみたいのは、お河童、あるいはケシ坊主のことである。頭の真中をどうしてあんなに剃らなければならないのか。それを剃るものだから、河童と間違えられるのであろう。頭の真中を直径一寸くらいの丸い穴に剃るのだが、痛いものである。だから子供はみな「オケシはいや」といって泣き出す。後にはどういうものか、真中を剃らずに、女の児などもみな髪を伸ばしたまま下にさげるようになった。