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こきょうしちじゅうねん

故郷七十年

柳田 国男

「神戸新聞」神戸新聞社、1958(昭和33)年1月9日~9月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 257,350 字 · 507 页

青空文庫

故郷というものは、伯父や従兄弟など、そういった人々があってこそ温い所なのだが、私の両親は兄弟のない人だったし、せいぜい故郷には次兄の養家先がある程度。そこも帰郷して訪れるには億劫なところであり、一年ほど預けられたことのある辻川の三木拙二氏の宅にゆく以外にない。その家も世の中の変遷に会って寂しい生活になっているので、行って慰めたいとは思いながらも、なかなか訪れにくいといった状態にあるのだから、なみの人の故郷と私の場合とは余程違ったものがある。あるいはまた、そのためにとくにいつまでも、故郷がなつかしいのかもしれない。

ともかくも七十年以上、時々は思い出した端々を人に話すことができるというのは、我ながら珍しい。しかもその間の故郷は、今際限もなく変ってゆこうとしているのである。何をいうかわからぬが、聞く人さえあれば、じつはしゃべってみたかった。

次兄に伴われて東京へ出たころはまだ東海道線が開通していなかった。神戸から船に乗る以外、方法のなかったころである。その二年後、両親や弟たちが後を追ってやって来たときは、東海道線を汽車で上京している。

いまでも私が思い出すのは、北条から人力車にのって神戸へ出てくる途中の明石あたりでの光景である。