일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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どうひょう

道標

宮本 百合子

宮本 百合子의 道標(どうひょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 846,457자 · 1672화면

아오조라 문고

ソヴェトの若い人たちが、写真器をほしがり、一枚でも自分たちの写真をほしがっているのは、伸子が浅はかに思ったような田舎っぽい物珍しがりではなかった。金もちや権力からその存在を無視され、自分からも自分の存在について全く受け身でなげやりだった昔のロシアの貧しい人民は、自分の生活を写してとっておく意味も興味も、思いつきさえも持っていなかったのだろう。写真なんかというものは金のある連中のたのしみごととして。ソヴェト生活のきょう、その人民が写真ずきだということは、その人たちにとって生存のよろこびがあり、日々の活動の場面が多様で変化にとんで居り、生き甲斐を感じているからこそにちがいなかった。写真がすきということのかげに、幾百千万の存在が、めいめいの存在意義を自覚して生きて居り、同時に社会がそれを承認しているということを語っていると思われるのだった。

こういう点にふれて来ると、伸子は、自分がどんなに写真というものについてひねくれた感情をもっているかと思わずにいられなかった。そして、ヨーロッパ見物の日本人について云われる皮肉と、ソヴェトの写真ばやりとを、同じ田舎くささのように思ったひとりよがりにも、胸をつかれた。