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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

と、ひなびた山東節など途々歌い出した。これまた地方調ゆたかで、しかもすこぶる美声なのだった。

気は急ぐが、道は捗どり、それに馬車屋がおもしろい。

三日目ごろには、すっかり仲間気分に醸され、馬車屋のおッさんが、こう言いだした。

「おい、旅の衆よ。毎日わしの唄ばかりでも味気なかンべ。その赤丸の印の小樽には泰安酒が半分ほどまだ残っているだよ。飲むなら飲まッせ。じつアわしの寝酒の分だがね」

「ほ……。酒があったのか。じゃあご馳走になるぜ」

ところで、この小樽の酒を、湯隆がどう巧みに、徐寧に飲ませ、時遷にもやり、また自分も一しょに飲んでみせたか。

とにかく、これは麻睡酒だった。――時遷、湯隆はなんでもなかったが、徐寧ひとりには、しびれ薬がまわって、彼は正体もなくよだれをたらしてやがて夢魔にひきずりこまれていた。

以後、どれほどな時間がたったか、彼はまったく知るところがない。――例の梁山泊のこっち岸で降ろされたのも知らず、船へ乗せられて水上を対岸へ送られた間も昏々たる姿だった。――そしてハッと目がさめてみると、あたりには見つけない男が居ならび、馬車屋のおッさんこと、じつは鉄叫子の楽和も、従兄弟の銭豹子湯隆も、また道中で捕まえた時遷もそのなかにいて、みなニヤニヤ笑いながら自分を見ている――