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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
死者に口なく、官に正道なく、 悲恨の武松は訴える途なき事
あっしだ。……武二郎ですよ。いま旅から帰って来ましたよ」
死者に口なく、官に正道なく、
悲恨の武松は訴える途なき事
武松の訪れを階下に聞きながら、二階では何か慌てふためく物音だった。とっさに、情夫の西門慶の姿が梯子段をころげるように降りて来るなり、隣家の王婆の裏口へ消えて行ったし、女の金蓮は金蓮でまた、俄にわが手で髪を揉みくずし、紅白粉を洗い落すなど、今日も二階で逢曳きの痴夢に現なかった男女には何ともやさしい仰天ではなかったらしい。
けれど金蓮はたちどころに、愁然と泣き窶れた身をやっと奥から起たせて来たように、見事自分を作り変えている。そして、武松の前へ出てくるやいな、
「まっ……二郎さんでしたか。どんなに帰りを待ってたか知れませんのよ。もう、どうしましょう。何からお話ししてよいやら」
と、わっと泣き伏さんばかり空泣きに身をふるわせて見せた。
武松も一瞬は真正直にうけて、つい共に瞼を熱くしてしまったが、
「……ま、姉さん。そう泣いてばかりいたって始まらねえ。たった今、旅から帰って来て、何よりは兄さんに会わねえうちはと、この家へ入って見れば、あの一室の祭壇に『亡夫武大郎之位』