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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
晨に唄い女翠蓮を送って、晩霞に魯憲兵も逐電すること
晨に唄い女翠蓮を送って、晩霞に魯憲兵も逐電すること
渭州でも街なかの州橋橋畔に、潘飯店という酒楼がある。まず魯達から先に入った。
「こら。空いてるか、二階の卓は」
「オオこれは提轄(憲兵)さまで。よくいらっしゃいました。さ、どうぞ階上へ」
どこへいっても、魯提轄の職権と風貌とでは恐もてときまっている。帳場のあいそもソラ耳に、彼は史進と李忠のふたりを伴って二階へあがり、そこの一卓を繞って、三人鼎のごとき大腰をおろし合った。
「おい。酒を早く出せよ。それから前菜はいうまでもないが、なんでも、美味い料理をどしどし持ってこい」
卓の賑わう間を、お互いに頬杖などして、四壁を見ると、金箔板の聯(柱懸け)に朱を沈めた文字で、
風ハ滞ル柳陰太平ノ酒旗
酒ハホドク佳人ノムネノ縺レ
杏花アマクシテ志イマダシ
シバラク高歌シテ酔郷ニ入ラム
などとある対句が読まれる。
世事の慷慨、他愛もない談笑、三人はすっかりいい機嫌になりいい仲になった。酒も四角(四合入りの酒瓶)を何度卓へ呼んだことやらわからない。――だが時折、魯提轄の神経を針で突ッつくような興醒めが洩れてきた。さっきから、どこかでシクシクいっている女の啜り泣きである。