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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
「とんでもない、ほれあの……槐橋のそばの、やぶ医者ですよ。なんでもあしたから二た月ほど、旅に立つとかいって」
「ああ、安道全か。あいつは小金を持ってるからな。だが婆さん、この截江鬼の張旺だって、いつもそうそう、素寒貧じゃねえんだぜ。巧奴にも言っといてくれ。これだけあったら当分は通いづめでも費いきれめえッて」
「おやまあ、たいしたお金を……」
「叱ッ。大きな声を出すない。それよりは、はやく巧奴を呼んで来な。あいつも、眼を細くするにちげえねえ」
婆やがいそいそ出て行くと、入れ代りに、しどけない女の影がちらと部屋へ入って行った。張順は引っ返して、厨所から料理庖丁を手にかくして来た。江上稼ぎの悪船頭、截江鬼をここで見てはもう見のがしておけないという気になっていたのである。
だが、彼が部屋の扉を開けたとたんに、灯は消されて、一方の窓から、当の張旺はすばやく外へ逃げてしまった。「待てッ――」と、追わんとするのをまた、女が、必死にしがみついて来たのである。弾みで、張順はつい、殺す気もなく、女を刺し殺してしまった。――こいつはまずい! と一瞬、悔いたがすでに追いつかない。