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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
「婆や、ばあや。……巧奴、巧奴」
と、奥ではこの物音に目をさまして、安道全がうろうろしていた。腰でも抜かしたか婆やの声も返辞もない。やがて聞えたのは張順の声だった。
「先生、お目ざめで?」
「何だい? 今の物音は」
「その蝋燭を持って、先生、あっしの後からついておいでなさいよ」
「どこへ。なにしに」
「ひと目、巧奴に会って、きれいに、お諦めをつけて行った方がいいでしょう」
「えっ。巧奴が、どこにいるって?」
何気なく尾いて行ってみると、そこには男の飲みちらした卓があり二つ枕が帳台に見える。
いや安先生が、仰天したのは、当然、女の血まみれな死体であったが、もっと驚いたのは、張順が書いたらしい部屋の壁に見えた一行の血文字であった。
“コノ淫婦ヲ殺シテ去ル者、槐橋ノ安道全也”
元宵節の千万燈、一時にこの世の修羅を現出すること
ここは江畔の一軒。例の田舎酒屋のじいさんと、せがれの王定六とが、いまし方、店を開けたばかりのところだった。
「お早う。先日は、どうも、何かと」
「おや張順さんか。オ、首尾よく、安道全先生のお供をして来なすったね」
聞くと、張順の後ろにいた旅姿の安先生は、首を振り振り、痛嘆した。