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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
寿張県は梁山泊の所在地から最も近い町なので、黒ン坊猿の李逵といったら誰知らぬ者はない。何もいわず、もんどり返しに小吏は奥へ逃げこんでしまった。
「ちぇっ……」と、李逵は舌打ちして「なんで俺を見て逃げやがるのだ。おういっ、役所中の小役人ども、黒旋風李逵さまのおいでだぞ。なぜ首を揃えてお出迎えに出てうせねえのか」
廊下をずかずか、右、左をねめ廻して通って行くが、李逵と聞いただけで、書記室も登録局も白洲の控えも、急にそれまでの笑い声や雑談を消し、猫一匹いるような気配もしない。
「よしよし、どいつもこいつも、挨拶に出て来ねえな。……ふうむ、ここが知事室か。知事はいるだろう」
扉を排して、内へ入った様子である。
あっちこっちの隅に、ふるえ上がって隠れていた役人たちは、そっと首を外へさしのばして、
「おや、黒ン坊猿、何かごそごそやってるぞ」
「知事閣下はどうしたろう?」
「いやな奴が来たとばかりすぐ裏門から馬に乗って官舎の方へ消えちまったさ」
「そいつはよかった」
「よくはないよ。李逵のことだ、ただは帰るまい。こっちはどうする?」
「そうだな、放っておいたら暴れ出すかもしれないぞ。