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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

――かくて、楊雄が家に帰らない夜といえば、線香の火と、この小婢の手びきで、頭巾を眉深にかぶった色坊主が、不敵にも、ほとんど一晩おきに、人妻の秘室へ忍び通うという不義の甘味を偸んでいた。

友情一片の真言も、紅涙一怨の閨語には勝らずして仇なる事

世間、どこかには、眼があるものだ。

まして石秀はかねがね、臭いと見ていたことなので、ここ一と月もたつと、

「……ははん。やってやがるな」

と、感づいていた。

頃は十一月初め。朝々はもう真っ白な霜なのに、夜明けまぢかというとよく、わざわざ袋路次の奥へ入って来て、ぽかぽか、木魚を叩きぬく頭陀がある。今朝も今朝とて、まだうす暗い外で、

……普度衆生

救苦救難

諸仏菩薩

「……また、やってやがる。ちッ、気になって、これで目が覚めるともう寝られやしねえ」

肉屋の裏木戸から、路次を覗いて、一喝くれてやろうと思っていると、なんと、奥の楊雄の家の裏門から、ひらっと、べつな頭巾姿の大男が出て来るなり、頭陀と一しょに、すうっと、表通りへ消えて行った。

「ああ、やっぱり、あいつだ。……お気のどくだなあ。奥の兄貴は」

彼には、もう見て見ぬ振りは出来なかった。