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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

しかし、妻のことなどは、話もしないし、相手も訊こうとはしない。

二人は、夕明りのころ、閲武坊の酒屋を出て、ぶらぶら街を歩いた。――すると誰やら後ろのほうから、妙な売り声で、呼ばわるともなく、呟くともなく、ぼそぼそ言いながら、くッついてくる男があった。

「――ああ狭い狭い、世間は狭い。この都に人間は多いが、眼のある人間は一匹もおらんじゃないか。……こんなすばらしい銘刀を見てくれる者もないとは情けなや」

先に行く智深と林冲は、ちょっと、耳うるさげに振り向いたが、すぐ話に夢中な様子だった。

するとまた、後ろで。

「大道商人の刀売りとは、わけが違う。仔細あってぜひなく手放す物。買い逃がしたら二度とかかる宝刀には、生涯出会うことはあるまいに」

――そのとき、先の二人は、いつもの四つ角で袂をわかっていた。「……また会おう。近いうちに」といって去る魯智深の後ろ姿を見送って、林冲はふと呟きをもらしていた。

「いいもんだなあ。真の友達というものは」

そしてふとまた、歩きかけると、藍木綿の浪人服に、角頭巾をかぶった四十がらみの男が、手に見事な宝刀を捧げ、それに“売り物”とわかる草標示を提げ、つと、林冲のそばへきて。