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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

さ、もう役署の時間だ」

「でもあなたのお世話がわたしうれしいのよ。帰りもお早く帰って来てね。いいこと。晩にはまた何かお美味しいものを考えて待ってますわ」

外へ出ると、武松は何かやれやれと思う。嫂のやつ、亭主を弟の俺と取ッ違えてやがる。親切もありがたいが、こう毎朝毎晩、肌着の下まで撫で廻されるように行き届き過ぎるのもやりきれない。

夕方帰ればなおさらだった。湯に入れば後ろへ来て背中を流す。時により酒など支度していることもある。

「いや嫂さん、兄さんが帰ってから一しょに飲りましょうぜ。独りで飲んだって美味くねえ」

「いいえ、良人は今夜晩いのよ。粉問屋へ帰りに廻るっていってましたもの。二郎さん、わたしじゃいけないの」

「何がですえ」

「何がって、このひと焦れッたいわね。頂戴よ、お盃を」

彼女が沸らせてみせる女情の坩堝も、武松にはさっぱり通じないものだった。いや兄思いな彼は、兄の家庭の平和を朝夕に見ていられればそれで充分楽しいのである。だからまた、金蓮の触れなば崩れんとする花の猥らにも、姿態に示す柳の糸の誘いにも、怒りはつつしんでいた。むっとはしても、笑っている。