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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

そして、そのまま異様なまでに、彼のらんらんたる双眸は、次第に雨雲のような掻き曇りを見せ、あわや、この不敵無双な男が、いまにも泣き出すかと思われるばかりに顔のすじをひッつらせた。

「……おおほ! ……おうっ。あ、あなたは」

「武二郎か。……」

その人の弾んだ声は、半ばで切れて、あとは声高に、兄弟の者へ、さいそくしていた。

「すぐ縄を解いてやってくれ、心からいたわってやってくれ。これは私の弟分だ」

「げっ。先生の弟分でございますって」

「されば、この辺へも、お尋ね書が廻っていたからご存知だろうが打虎武松だ。景陽岡で猛虎をなぐり殺したあの男さ」

驚いたのは、兄弟の者であるが、この兄弟とて、ただの山家地主の息子とも見えず、ましてここの一書院に閑居しながら、いまや世間に身もおくところなき行者武松をよく知って、わが弟分と呼ぶこの客こそは、一体いかなる素姓の人であったのだろうか。

緑林の徒も真人は啖わぬ事。

ならびに、危なかった女轎のこと

めったに自分を見限るなかれ、である。寸前の運命が分らないのと同様に、寸後の転換だってまた測り知れないことは往々といっていい。

今夜の武松がそれだった。