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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

お礼はいくらでも出す。逃がしてくれ」

船頭は黙ンまりをつづけ、ただ櫓だけを鳴らしていた。しかし岸をたどり歩いて、兇暴な火焔と人群れの影はどこまでもくッついて来る。

「やい船頭、おれたちを知らねえのか」

船頭はフンと鼻で笑った。

「わかってるよ、おめえさんたちの声柄ぐれえは」

「じゃあ、もどれ」

「ごめんだよ」

「野郎、あとで吠えづら掻くなよ」

「あしたは天気だとさ」

「何ッてやんで。てめえが乗せた江州送りの罪人に用があるんだ。そいつを渡せばかんべんしてやらあ」

「とんでもねえや」と、船頭もまた太々しい。「こち徒にもこち徒の商売があるんだぜ。せっかくお乗せ申したお客さまだ。これからゆっくり“薄刃切り”のご馳走でも差上げようっていうのに、ひとに譲ってたまるもんか」

「うぬどうしてもか」

「くどいよ、こっちにとっても飯のたね。おととい来やがれ」

櫓幅いっぱい、舟は水を切って行く。みるまに葦間の火光もわめきも遠くにおいて、辺りは大江の水満々とあるばかりだった。

「かたじけない」

と、宋江がいえば、李万、張千もほっとした顔でつぶやいた。

「ああ、これで厄のがれした。命の恩人だよ、この船頭さんは」