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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
朱富は酒店の一亭主だが、稼業柄、日常よく人間に接して、世間や人間の機微本質によく通じているせいか、どうして、なかなかな才気だった。彼が朱貴へささやいた窮余の一策とは、果たしてどんな計略であったかは後として、とにかく、店を閉めたその晩の遅くから人知れぬまに、ここでは俄な夜逃げ支度が始まっている。
すなわち、店の若い者を督して、朱富は、自分の女房や子供らを一台の箱馬車に乗せ、また家財手廻り一切を、その馬車や手押し車に積みこんで、夜の明けぬまに、町端れの森の辻まで送り出していた。
こうして、翌日となるや、飲屋の店はまた、平日通りに店を開け、入口を掃き清めて、西門外の賑わいの中に、さりげないお愛相ぶりを一ばい明るく、午下がりの陽ざしを待ちすましていたのである。隣り近所、多少、変な物音も明け方に知ってはいたが、まさか、梁山泊への引っ越しとは、だれも気づいてはいなかった。
「黒旋風が捕まったとよ」
「うそをつけ、沂嶺の虎の間違いだろう」
「うんにゃ、四匹の虎を退治したあげく、こんどは自分が虎になって、あの因業旦那の曹に密告され、たったいま、県役署へ曳かれて行った」