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しきぶこうじ

式部小路

泉 鏡花

「大阪毎日新聞」1906(明治39)年1月1日~1月27日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,847 字 · 149 页

青空文庫

「ああ、悪い処へ……」

がらがらと車が来て、花の師匠の前で留まった。内まで引きつけでもする事か!

「さ、お立合、この泣ッ面を御覧じろ。」

と、あわや打据えんとしつつ前後を見た無法ものは、フトその母衣の中に目を注いだ。

これより前、湯屋の坂上の蒼空から靉靆く菊の影の中、路地へ乗り入れたその車。髷の島田の気高いまで、胸を屹と据えていたが、母衣に真白な両手が掛ると、前へ屈んだ月の俤、とばかりあって、はずみのついた、車は石段で留まったのであった。

車夫の姿が真直に横手に立った。母衣がはらりとうしろへ畳まる。

一目見ると、無法ものの手はぐッたりと下に垂れて、忘れたように、掴んだ奴の咽喉を離した。

身を飜すと矢を射るよう、白い姿が、車の横を突切って、一呼吸に飛んで逃げた。この小路の出口で半身、湯屋の格子を、間のある脊後に脊負って、立留って、此方を覗き込むようにしたが、赤大名の襤褸姿、一足二足、そっちへ近づくと見るや否や、フイと消えた、垣越のその後姿。ちらちらと見えでもするか。刻苦精励、およそ数千言を費して、愛吉を女房の前に描き出した奴は、ここに現実した火の玉小僧の姿を立たせて、ただひめのりの看板に、あッけなく消えてしまったのである。