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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
もう人の耳こすりや潮笑にも、めったには怒らないぞと、顔に錠前をかけたような無口に変った。
だが、その年も暮れて、待つに長い山上の春がやっと訪れ初めた翌年の三月初めの頃、智深はぽかんと麓の空を眺めやっていたが、そのうちにふと、トンカン、トンカン、鍛冶屋の鎚音が風にのって聞えてきた。――と、なに思ったか、ありあう銀子をふところにねじこんで、ぷいと僧堂をとびだし、今日は少し道をかえて“五大福地”と額にみえる大鳥居をくぐり、東の参道坂をどんどん降りていった。
「おや、こりゃあ何とも賑やかだわえ。こんな聚落があったとは今日までまったく気もつかなかったぞ。あほう、どうしてわが輩はいままで五台山下に門前町があるべきことを思わなかったのか。だがまアいいや、遅いにしても帰命頂礼――」
彼は、にわかにうきうきとあるいた。眼もキョトキョトとせわしなかった。肉屋がある、酒屋がある、女の嬌声、赤ン坊の泣き声、さてはなつかしい大道芸人の音楽だの、古着屋、八百屋、旅人宿、うどん屋の婆アさんまで、かつての日の渭水の場末も思い出されて、どれもこれも悪くない。
「ああやっぱり人間界はいいなあ」