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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
「おうい、錦児。拙者はここだここだ。なにか急用でも起ったのか」
「……あっ、だ、だんなさま、たいへんでございますよ、奥さまが」
侍女の錦児は、心も空な口走りをつづけ、馳け寄りざま何ごとかを、泣き泣き主人に告げだした。――聞くうちにも、林冲はその豹額にするどい敵意と不安を掻き曇らせていたが。
「……ま、泣くな。よしっ」と錦児をなだめてから、酒もりの莚のほうへ。
「妻の身にちと心配が起ったので、今日はこれで失礼する。花和尚、いずれまた会おう」
「やあ豹子頭。俄に酒もさめた顔いろじゃあないか。御夫人がどうかしたのか」
「いや、侍女の錦児をつれて、この先の東岳廟へ参詣にいった帰り途、なにか殿帥府の若い武士どもに搦まれて悪戯に困っているとのこと。捨ててはおけぬ。――ご免!」
いうやいな林冲の姿は、もう彼方の崩れ土塀を跳び越えていた。なにさま、豹身が風をきって跳ぶかの如く、それは見えた。
無理はない。林冲にとっては、多年の恋が結ばれて、つい先ごろ、家庭を持ったばかりの新妻なのだ。――来てみれば、東岳廟と並ぶ五岳楼の廻廊の欄干に、それらしき武家風の若者十人ばかりが、腰かけている。