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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

逃げッこはねえ、安心しなよ、兄さん」

「えっ、おめえの鼻紙挟みだと」

「手品師じゃねえが、まずご一覧に入れやしょう、たねも仕掛けもございませんとね。……証拠はこれさ」

両手を深く懐に差し入れて、何清は、鼻紙挟みを取り出した。薄べッたい革財布とともに、一冊の手帖が折畳んである。その手帖だけを、掌の上に残して。

「さて、これにはちょっと、いわく来歴の説明がなくッちゃおわかりになりますまいて。姉さん、そこの窓も後ろの扉も、みんな閉めておくんなさいな。壁にも耳、灯取り虫にも油断はならねえ。……よござんすかい、じつアねえ兄さん、こういうわけだ」

「……もう二た月ほど前。あれやあ六月の半頃ですがね」

何清は、声を沈めて語り出した。

「ごぞんじの安楽村に、王っていう安宿がありまさ。宿屋掟のご定法で、毎晩の泊り客には、行く先、職業、住所、年齢をちゃんと書かせる。――戸を卸して寝る時刻にゃ、そいつを帳場が書き写し、七日目ごとに、村名主に届けに行く。名主はまた、そいつを纒めて、月に一回、お役署へ届け出る。……ま、兄さんにゃ、こんな話は余計ごとだが、そういった手順でござんしょう」