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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
しかしもう窓は明けていた。明け方の光が微かに、血のなかの海藻にも似る黒髪と、白蝋のような死者の顔とを、無常迅速のことば通り、冷ややかに照らし出している。
「……だんなえ。今、どすんといったのは、なんの音ですかえ。夜が明けてまで、痴話喧嘩のつづきじゃしようがありませんね」
「婆か。……み、みてくれ。みろそこを」
「なんですの。まあ、らちゃくちゃない」
「……ついに、堪忍ぶくろの緒を切って、おまえの娘を殺してしまった」
「ごじょうだんでしょ、だんな。えんぎでもない」
「ほんとだ。……下手人のわし自身でも信じられん。だが、やってしまった。人間とは、あてにならないものだなあ。ああ、日頃の知識などは役にも立たんものだなア。おれも田夫野人と何ら変るところのない物騒な人間だった」
「いやですよう、だんな。そんな妙な科白を、恐い顔して仰っしゃってちゃあ」
「それ、婆。おまえのいる、そこの寝台の後ろの蔭だ。それが婆惜だ」
「ひぇッ……」と、婆は腰を抜かしかけた。がたがたと、骨ぶるいして、急に歯の根も合わぬらしい。
「……ど、ど、どうぞだんな。この婆は、おたすけなすってくださいまし。ま、まったく、むすめが、わるかったのでございますで……。