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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
まだ朝霧の町はしんとしている。ぼつぼつ戸を開ける音や往来の車がカラカラ鳴るだけだった。横丁を出るとすぐ役署の門と大きな楊柳の茂みが眼につく。宋江は、後ろめたさに、
「婆。こっちから行こう」
と、べつな横丁へ交わしかけた。
「あら、どうしてです、だんな。葬儀屋の陳三郎はこっちですのに」
「だってまだ、起きていまい」
婆は、眼つきを、けわしくしていた。が、神妙に後について遠廻りしたあげく、やがて町中の大通りへ出た。そのころもう店屋もあらかた開いて、往来の人通りもふえていた。わけて四ツ辻には、毎朝の朝市が立ち始めている。
「だんな……。よくやったね」
婆はふいに立ちどまった。宋江はその眼光にぎょっとした。婆の両手の爪は自分の袖をかたくつかんでいたのであった。
「なんだ婆。ひとの袂をつかんで」
「覚えておいでよ。……おういっ、町の衆、人殺しだよ、人殺しだよっ。……この押司が、むすめの婆惜をたった今、殺しゃあがった。かたきを取ってくださいようっ」
「あっ、なにをいうか」
「ええい、この人殺し。人殺し――いッ」
「よせ、よせ吠えるのは」
宋江は狼狽のあまり、両手で婆の口を抱きふさいだ。