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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

「婆さん、ちょっと訊きたいがね、折入ってだ。……耳を貸してくんないか」

「いやですネ旦那、こんな婆の袋蜘蛛の巣みたいな耳、お側へなんか持って行けやしませんよ」

「なにサ、おまえを口説こうというのじゃない。……いまチラと門口で見かけたんだが、この隣にゃあ、すごい美女がいるじゃないか」

「ま、お眼がはやい。見ましたかえ」

「ありゃあ、さだめし亭主持ちだろうな」

「ええ、それがまあなんと、可哀そうに、あんな縹緻を持ちながら」

「とはまた、どうしてさ、可哀そうたあ?」

「だって旦那、人もあろうに、あれが饅頭売りの武大ッていう薄野呂のおかみさんじゃござんせぬか」

「ひぇっ。ほんとかい……ふ、ふ、ふ。……いやほんとかね、婆さん」

「つい去年、清河県から引っ越して来た夫婦者。ずいぶん世間にはいろんな夫婦の組み合せもありますけどさ、武大と金蓮みたいなのは、なんの因果といっていいやら、縁結びの神さまも、ずいぶん罪な真似するもんですね」

「……オ、婆さん。梅湯を一杯美味く煎れてくれないか。ただの茶よりは梅湯の方がいいぜ」

「あら、ごめんなさいましよ。ついついお喋舌りばかりしていて」

王婆が梅湯を茶托にのせて奥から出直して来ると、その間も西門慶は、床几を少し軒先へずり出して、しきりに隣の二階を見上げている様子だった。