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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

チラと、彼女が振り返ったので、西門慶は慌てて顔を振って見せ、一語も交わさず外へ戻った。入れちがいにもう近所の衆が、婆の泣き触れで、ぞろぞろお哀悼にやって来る。

「もしもし。西門大郎の旦那じゃござんせんか。たいそうお早く、朝からどちらへ」

役署前の大通りの角だった。

「おう、九叔さんか。おまえこそ、どこへ行くのだ」

「なあにね。饅頭売りの武大が、昨晩、病死したっていう届けなので、今し方、手下の者を出してやったんですが、最後の判証をしてやらなくちゃなりませんのでね」

「判証は、やはりおまえが下すのか。そいつあどうも、ご苦労だな」

「いえ、職掌ですから、そんなことあ、なにも」

「親方。ちょっとそこまで、つきあってくれないかい。じつあ、朝飯もまだやってないのさ」

「朝飯ってえと、気のきいた茶館は、色街しかありませんぜ」

「いいじゃないか。遊里風景の朝を見るのも」

何九叔は「はてな」と思った。朝飯の馳走ぐらいなら何も首を傾げるほどなこともないが、別れ際に「……たのむよ」と一ト言、西門慶が彼の袂へずしんと落してくれた物がある。後で開けてみると、何と、隠亡頭風情では、一生にもお目にかかれないほどな大金が、しかも、無造作に鼻紙にくるんであった。