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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
身の休養を思うよりは、武松は一刻も兄の顔を見たいのが、帰心の的であった。旅の垢を落して、涼衣に着代えるまも惜しむように、さっそく都の土産物など持って、街端れの紫石街へ出向いて行った。
「おや、あれは都頭の武松じゃないか」
「そうだ、武松だよ、帰ってきたね!」
「さあ、たいへんだぞ。なにか起るよ、あのままじゃすむまいよ」
道を行く者、軒さきに立って見送る者、みな天の一角に、颱風を告げる一朶の黒雲でも見出したように囁きあった。
――とはまだ、何事も知らず、武松は、なつかしさいっぱいな足どりで、はや兄武大の家の前までもう来ていた。そして軒の芦簾を片手にかかげて、つと土間へ入ってみると、壁をうしろにした祭壇に“亡夫武大郎之位”と紙位牌が貼ってあるではないか。
「やっ? ……。門違いしたかな? ……。いや、そうでもねえが。はて、おれの眼でも、どうかしているのか」
胸の鼓動とともに、髪の根までが、ぞくッとして来た。たとえば、意にもない穴洞に立ち迷って、思わず、四辺のしじまを試してみるように、奥へむかって、彼は大声で言っていた。
「姉さんっ。……だれもいねえんですか。