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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
時分はよし、と武松は従卒に命じて、卓の酒さかなを、一応退げさせた。そして彼自身が、卓上を拭き浄めだしたので、客一同も機は今と見たように、挙ッて帰りかけようとした。
「おッと。まだまだ、お話はこれからだ。ええと……お立会いの皆さん、この中で文字が書けるのはどなたですえ」
「……?」
なんのことやら、わけはわからないが、自然、小役人上がりの胡正の顔へ、みんなの横眼がうごいていた。
「ははあ。酒屋の胡正さん。あんたがこの中では手書きとみえるな。ご苦労だが、ひとつ書き役を勤めてもらいたい」
すでに、従兵の一人は、胡正の前に、用意の筆墨と料紙を突きつけている。いや一同がぎょッとしたのは、それではない。
とたんに、異様な精気に膨んだ武松の五体が眼をひいた。左右の諸袖をたくし上げ、内ぶところからは短剣の柄頭をグイと揉み出して、その鯉口をぷッつり切った。――同時に、あッというまもない。ひだりの猿臂は、嫂の金蓮の襟元をつかみ、右手は王婆の方を指さしていたのである。
「みなさん……。どうかじっとそのままに。決して決して、みなさんにご迷惑はおかけしません。ただ武松は、仇には仇をもって、見せしめを、お目にかけるだけのこと。