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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
いつか、杖も柄香炉も、手になかった。生命一つを大事に、よろ這い歩くのが、やっとであった。
「……おや、鉄笛の音がする?」
幾日目かの、途中である。
彼は、はじめて、人間の香に吹かれた。
「おじさん、どこへ行くんだね」
童子の方から、声をかけた。
童子は、牛の背へ、横乗りに乗っている。手には、さっきから聞えていた鉄笛が持たれていた。
「や、小僧、おまえこそ、どこから来た」
「この先の、中院からさ」
「中院」
「おじさんの泊った三清宮が麓院、この峰が中院、もッともッと天上にあるのが奥院だよ。……だけど、おじさん、そんなに苦労して登って行っても、ムダだろうぜ」
「どうして」
「天師さまは、お留守だもの」
「えっ、いない? ……。そ、そんなはずはあるまいが」
「いないよ。うそじゃないよ。十日も前に、鶴に乗って、都へお出ましになってしまったんだ。なんでも、天下に悪い病が大ばやりなので、皇帝から、道教大本山の老大仙へ、ご加持のお頼みがあったんだとさ。きっと、面倒だから、天師さまの方から、鶴に乗って、ちょっくら、開封東京の空へ、飛んで行かれたんだろう」
「はて。どうして、きさまは、そんなことを知っておるのか」